2023年9月14日、愛知県弁護士会の国際委員会主催の活動として、オランダ・ハーグの平和宮にある国際司法裁判所を視察し、同裁判所裁判官である岩澤雄二裁判官との会談をしてきました。
1 国際司法裁判所(ICJ)の概要
国際司法裁判所(ICJ:International Court of Justice)は、国際法に基づく国家間の紛争を解決することを目的として、1945年に設立されました。元々は、第二次世界大戦前の国際連盟期の1921年に設立された常設国際司法裁判所(PCIJ)を前身としています。
ICJは国連の主要な機関とされており、国連加盟国は自動的に国際司法裁判所規程(以下「ICJ規程」といいます。)の当事国となります(国連憲章92条、93条1項)。
また、国際法の特定の分野に特化した専門的機関(国連海洋法裁判所や国際刑事裁判所、常設仲裁裁判所など)とは異なり、国際法のすべての問題を付託できる普遍的な性格をもった唯一の国際司法機関です。
2 ICJの役割と付託件数
ICJは、国家から提起された訴訟を国際法に従って解釈することと、国連機関や特定の国際的専門機関(UNESCO、WHO、IMF、IAEA、WIPOなど)から諮問された法律問題について勧告的意見を出すことの2つの役割があります。
ICJへの訴訟の付託件数は、冷戦期(1960年代~80年代)は東西の政治的対立から少ないものでした。実際、ICJ判事もこの時期は暇だったそうです。
しかし、その後の冷戦終結による政治的対立の緩和や、1984年にニカラグアがアメリカに対して、ニカラグアへの主権侵害について訴えた「ニカラグア事件」について、ICJがアメリカの抗弁を却下し、1986年にアメリカを敗訴とする本案判決を下したことで、国際的な信用が一気に高まりました。これにより、ICJへの付託件数は大きく増加するに至っています。
ICJは、国際の平和と安全など国連の目的の実現のため、国際法解釈を通じて国際法の発展に寄与してきており、その判決や意見には高い権威が認められています。
3 ICJの裁判体
ICJの裁判体は、国連安全保障理事会及び国連総会の選挙で選ばれた15名の裁判官で構成されています(ICJ規程3条1項)。
裁判官の構成は、世界各地域で配分される慣行となっており、現在はアジア地域4名、アフリカ地域3名、ラテンアメリカ地域2名、北米・西欧地域4名、東欧地域2名となっています。現在、日本からは、冒頭に記した岩澤雄司裁判官(国際法学者)が就任しています。
裁判官の任期は1期9年で、3年または6年の任期で再選されることがあります(同13条1項)。
ICJの判決に至る過程は、口頭弁論での主張や証拠に基づいて各裁判官が判断するのは日本の裁判と共通ですが、特徴的なのは、各判事が「ノート」と呼ばれる判決案を作り、これを匿名で全判事に配って評議する方法を採っています。一審制であり、上訴はありません。
法廷は大法廷と小法廷の2つがありますが、ほとんどの審理が大法廷でなされています。公用語はフランス語と英語です。
4 ICJの課題(紛争解決機能の限界)
(1)強制管轄権
冒頭のICJの概要でも述べたとおり、ICJは国家間の紛争について判断する裁判所であり、必然的に裁判の当事者となるのは「国家」のみです(ICJ規程34条1項)。
このICJの特徴が、国家主権との兼ね合いで問題になります。通常の裁判であれば、訴えられた相手は応訴する義務を負いますが、各国家が強制管轄権の受諾宣言をしていない限り、ICJに訴えても相手国が応じなければ原則として審理ができません。実はICJ設立時において、ICJ規程で強制管轄にする案もあったそうですが、結局この案は実現せず、国家の自主的な判断に委ねるかたちとなりました(ICJ規程36条2項3項)。
現在、このICJ強制管轄権受諾宣言をしている国家は、全世界で74か国であり(日本も条件付きで受諾宣言しています)、国連安保理常任理事国ではイギリス1か国のみです。
日本との関係でみると、韓国が強制管轄権受諾宣言をしていないため、領土問題のある竹島について、日本は過去3回(1954年、1962年、2012年)にわたりICJへの紛争付託を提案したものの、韓国がこれに応じず、領土問題は解決しないままとなっています。
(2)拒否権
ICJの判決には法的拘束力がありますが、実際の判決の執行については、世界政府のような権力機構がないため、例えば日本国内の判決後の強制執行のような執行方法はありません。
もっとも、ICJは国連の機関であるため、国連安全保障理事会の勧告や決定に訴えることができます(国連憲章94条2項)。
とはいえ、安保理常任理事国がICJの当事国となった場合、ほとんどは拒否権を行使するため、やはり実効性の面で限界があります。実際、先に挙げた「ニカラグア事件」について、ニカラグアが国連安保理に判決の履行を求めて提訴しましたが、アメリカの拒否権行使により否決されています。
5 ロシアによるウクライナ侵略とICJ
ご存知のとおり、2022年2月24日、ロシアが特別軍事作戦と称してウクライナに対して軍事侵略を開始しました。
しかし、ロシアとウクライナ双方とも、ICJの強制管轄権の受諾宣言をしていない国家です。したがって、ウクライナがロシアに対して、領土紛争についてICJに付託したとしても、ロシアがこれに応じない限りICJでの審理は一見できなさそうにみえます。
ところが、現在ICJでは、ロシアのウクライナ侵攻に関する裁判が行われています。では、ウクライナはロシアによる軍事侵略について、ICJに対しどのような法的アクションをとったのでしょうか?
岩澤判事の談話では、実は人種差別撤廃条約や拷問禁止条約など、ICJ管轄にもっていける裁判条項がある国際条約は結構あるとのことでした。
そこでウクライナは、ロシアによる領土侵略や武力紛争そのものを訴えの対象にするのではなく、集団殺害罪の防止及び処罰に関する条約(ジェノサイド条約)のICJへの紛争付託条項(同条約9条)に基づき、ロシアを訴えました。なお、クリミア半島併合については、テロ資金禁止条約違反、人種差別撤廃条約違反でロシアを訴えています。
当職がICJを視察した翌週の2023年9月18日から、このウクライナ・ロシアの件につき、ICJで口頭弁論が開催されています。この口頭弁論では、第三国(合計32か国)が訴訟参加するという珍しい形態(岩澤判事・談)ですが、それだけ国際社会がロシアのウクライナ侵略を問題視し注目していることの現れかと思われます。
ICJの審理はインターネットでも公開されていますので、ウクライナ問題にご興味のある方はご覧ください(もちろんすべて英語です…)。
【ICJ口頭弁論の様子はこちら】
https://www.youtube.com/watch?v=VTjit5jmTYU
6 まとめ
以上のとおり、法の支配を貫徹するという観点では、強制管轄権の無い現状のICJ規程や、国連安保理常任理事国のみに拒否権を認めるシステムは、やはり不十分と言わざるを得ません。
これは、常任理事国であるロシア自らが一方的な武力行使でウクライナを侵略しているのに対し、ロシアの拒否権があるがために国連が機能不全に陥っているのと共通の問題があります。
また、ロシアや中国のような専制政治・権威主義国家だけでなく、先のニカラグア事件のとおり、アメリカのような法の支配や自由民主主義を標榜する国家でさえ、ICJ判決に従わない傲慢かつ独善的な態度は極めて問題でしょう。(ちなみにアメリカも、先述したウクライナのジェノサイド条約に基づく裁判に訴訟参加を申し出ましたが却下されました。当たり前です。)
とはいえ、ICJの下した判決や勧告的意見は国際的に権威あるものとして尊重されており、クメール人の巡礼の地であり、1954年以来タイが支配してきた「プレ・ビヘア寺院」について、ICJは1962年にカンボジアの領土であり、タイの警察・軍隊を撤退させなければならないとの判決を下し、タイはICJの判決に従いました。また、マリとブルキナファソとの国境紛争やエルサルバトルとホンジュラスの境界紛争など、多数の国家間紛争がICJ判決によって解決されています。
また、先述したアメリカが拒否権を行使したニカラグア事件についても、アメリカのICJ判決不遵守問題は国連総会でも何度も審議され、ICJ判決遵守を求める決議が4度も採択されています。その後、ニカラグアは訴えを取り下げていることから、おそらくはアメリカとの間で水面下の政治的取引があったものと推測されます。
このように、ICJの紛争解決機能に限界がある点は否めないものの、ICJ判決に従わない国家に対して国際的な政治的負担を課す効果を有しており、今後もICJの果たす役割は大きいといえるでしょう。
【ICJのプレスリリースはこちら】
https://www.icj-cij.org/home
#国際司法裁判所
#ICJ
#ニカラグア事件
#ロシア・ウクライナ侵略
#名古屋市上前津で弁護士に法律相談なら名古屋葵綜合法律事務所