公開日: 2023年08月07日

性犯罪規定の大改正

性犯罪の規定を巡っては、ここ5~6年ほどの間に様々な改正がなされており、大きく分けると、量刑の変更(厳罰化)、規制対象の拡大と罪名の変更(女性に対する姦淫行為のみ対象の強姦罪から男性も含む肛門性交等まで拡大した強制性交等罪へ)、監護者による性交罪の新設がなされてきました。

そして、今年(令和5年)7月から、ついに性犯罪規定の成立要件や、従来処罰対象ではなかった性犯罪関連行為について、刑法及び関連法令が大きく改正・創設されました。

1 不同意性交罪(令和5年7月13日施行)

従来の性犯罪(強制性交等、強制わいせつ)では、その名のとおり「強制」であることが成立要件となっていました。この強制とは、“相手方の抗拒を著しく困難にさせる程度”の暴行または脅迫という厳格な要件が必要と解釈されており、刑事裁判では、しばしばこの「強制」の該当性を巡って争われてきました。

特に、性犯罪被害者の場合、被害に遭った際、心理学・精神医学の分野における「凍り付き症候群」というフリーズ反応が起こるとされており、恐怖やパニックにより、抵抗や逃走、援助要請ができなくなる現象が生じるとされています。

しかし、弁護側からは、「なぜ抵抗や逃走しなかったのか」等と反対尋問で追及されることになり、また裁判官によっては上記の心理学・精神医学知識に知悉していないために、被害者の心理状態を看過した誤った判断をしかねない状況にありました。

また、虐待されている心理状況下にあるために性的暴行にそもそも抵抗・拒絶する気力がない場合や、社会的上下関係(職場の上司と部下の関係、プロデューサーや芸能事務所とタレントとの関係など)で性交を拒否できないというケースもあり、この点は「#Me too」運動やジャニーズ性加害問題で記憶に新しいかと思われます。

そこで、今回の改正では、従来の強制性交等罪(強制わいせつも同様。以下同じ)の暴行・脅迫や、準強制性交罪の心神喪失・抗拒不能に加え、以下①~⑧のような「同意しない意思を形成し、表明しもしくは全うすることが困難な状態」で性交等がなされた場合にも性犯罪が成立することとなりました。また罪名も実態に合わせるため「不同意わいせつ罪」「不同意性交罪」に変更されました(改正刑法176条1項、177条1項)。また、これらの不同意性交は、近年夫婦間のDVが増加している背景もあり、婚姻の有無に関わらず適用されます(従来でも適用されてましたが、確認的に条文に明記されました)。

  1. 暴行または脅迫
  2. 心身の障害
  3. アルコールまたは薬物の影響
  4. 睡眠その他の意識不明瞭
  5. 同意しない意思を形成、表明または全うするいとまの不存在
  6. 予想と異なる事態との直面に起因する恐怖または驚愕
  7. 虐待に起因する心理的反応
  8. 経済的または社会的関係上の地位に基づく影響力による不利益の憂慮

以上の①~⑧のほか、わいせつな行為でないと誤信させた場合(医療行為やマッサージ施術といった名目など)、人違い(配偶者や交際者と偽るなど)をさせた場合、またはその状況を利用して性交等をした場合も同様です(改正刑法176条2項、177条2項)。

2 性交同意年齢の引上げ(令和5年7月13日施行)

従来では、性交同意年齢は13歳以上とされており、13歳以上から18歳未満までの未成年者との性交等については、各都道府県の青少年保護育成条例違反での対応となっていました。今回の改正(改悪?)により、原則として16歳以上となりました。

今回の改正では、13歳以上16歳未満(中学1年生の一部~高校1年生の一部)において、性交等をした当事者間の年齢差が5歳以上年長の場合には、前記1の不同意要件の有無に関わらず、16歳未満と性交等をすれば不同意性交罪が成立することとなりました(改正刑法176条3項、177条3項)。

しかし、この点については、有名なところでは、芸能界での高橋ジョージさんと三船美佳さんが結婚したのは当時40歳と16歳の24歳差であり、二人が出会ったのは三船さんが14歳の時といわれているので、今回の改正法下なら、高橋ジョージはアウトということになってしまいます。ご存知のとおり、二人は後に離婚してはいるものの、結婚生活16年間で子どもも産まれています。

これは芸能界という特殊な業界での話と思われるかもしれないですが、一般社会の中でも年の差婚は決して珍しいものではなくなっています。また、各都道府県の青少年保護育成条例も、わいせつ目的ではない真摯な恋愛の場合には処罰対象外となっています。

以上の観点から、今回の法改正にある一律5歳差というモノサシだけで、犯罪を成立させて刑罰まで課すというのは、さすがに硬直的で過剰規制なのではないかという印象を受けます。また、大学生と精神年齢高めの中高生との5歳差くらいの恋愛も世の中には数多くあるでしょうし、若者の恋愛離れや晩婚化・非婚化による少子化問題が深刻化している昨今の時代背景を考慮すると、5歳差という年齢区分だけで犯罪まで成立させてしまうのは、若者の自由恋愛を不当に制約し、萎縮効果を生まないかという懸念もあり、改正時にそこまで十二分に審議検討されていたのか気になるところです。

このような観点から、5歳差で犯罪成立という点については、不同意性交罪等の年齢差規定(改正刑法176条3項、177条3項)を巡って、憲法裁判(性的自己決定権の侵害による憲法13条違反)が今後繰り広げられる可能性は十分あり得るのではないかと予想しています。

当職個人的には、男女間の恋愛には様々な形態があることから、国が年齢差で一律に区分するのではなく、わいせつ目的(専ら自己の性的欲望を満たす目的)であるか否かで規制すべきではないかと思っています。

3 その他の関連改正

(1)面会要求等罪の新設(令和5年7月13日施行)

16歳未満の者に対し、わいせつ目的で、威迫や偽計、誘惑、拒まれたのに反復、利益供与やその約束で面会を要求したり、実際に面会したりする場合も処罰対象になりました(改正刑法182条1項・2項)。★こちらの方は「わいせつ目的」が要件になっています。

また、スマホやSNS等の普及に伴い、16歳未満の若い子の無知や判断能力不足に乗じて、性的映像等がネット上に開示されたり、リベンジポルノに利用されるケースが多発しています。そこで、本改正にて、16歳未満の者に対して性的部位の写真・動画の送信を要求する行為も処罰対象になりました(改正刑法182条3項)。

なお、こちらの送信要求罪についても不同意性交罪と同様に5歳差年長の要件がついています。しかし、性的な写真・動画の送信行為は、通常の恋愛・交際には不要であると考えられることや、彼氏等に求められて断り切れず性的部位の写真や動画を送った結果、それがクラスメイト等に無断で開示されたり、リベンジポルノに悪用されるリスクがあることから、性的映像送信の点については、むしろ5歳差年長の要件は外すべきなのではないかと考えます。

(2)性的姿態撮影等処罰法の新設(令和5年7月13日施行)

今回の刑法改正と合わせ、「性的姿態撮影等処罰法」が新設されました。

正当な理由がないのに、ひそかに性的姿態を撮影する行為(いわゆる盗撮行為)、不同意性交罪と同様の状況での撮影行為、16歳未満への撮影行為も処罰対象となりました。

また、撮影した映像等(性的影像記録)を第三者に提供(不特定多数に限定されない)、保管、不特定多数に送信(ライブストリーミング)した場合も処罰対象になりました。

(3)性犯罪の時効の延長(令和5年6月23日施行)

性被害については、性的羞恥心や被害に遭ったことのショック等により、被害申告するまでに時間を要することから、従来の公訴時効期間から更に5年延長されました(改正刑事訴訟法250条)。

また、被害者が18歳未満の場合は、自己の意思で被害申告することが一般に困難である事情があることから、18歳未満で被害にあった場合は、18歳に達したときから時効期間が進行することとなりました。

  1. 不同意わいせつ致傷、強盗不同意性交等   15年   →   20年
  2. 不同意性交等、監護者性交等        10年   →   15年
  3. 不同意わいせつ、監護者わいせつ      7年    →   12年

 

 

以上のとおり、一部(5歳差要件)について懸念点や検討課題があると思われるものの、今回の性犯罪規定の改正については、従来刑法等で処罰することが困難であった点がほぼカバーされています。

ただ、改正刑法177条1項3号に規定する「アルコール」の影響で同意しない意思を形成し、表明しもしくは全うすることが困難な状態というのは、条文の解釈次第によっては恐ろしい事態にもなりかねません。例えば、一緒にお食事してお酒を飲んで、その後の流れで性的関係を持ったところ、後日「あの日は酔ってて、同意できる状態じゃなかった。」などと被害申告されて、従来の強制性交罪と同等の刑罰(5年以上の拘禁刑)を受けるリスクもあり得ます。この5年以上の拘禁刑というのは、強盗罪と同等の重刑になります。

この点については、飲酒酩酊の程度により、同意しない表明等が困難な程度であったかどうかが今後の刑事裁判の主戦場になるものと思われます。なお、法務省刑事局長答弁(第211回国会衆議院法務委員会議録)では、アルコールの影響があったとしても、いわゆるほろ酔いの状態で気分がよく、深く考えるのが面倒になり、性的行為をするという選択をしやすかったというだけであれば、性的行為をするかどうかの判断、選択の契機や能力があり、同意しないという発想もできたと考えられるため、同意しない意思を形成することが困難な状態には該当しない、との政府答弁があります。

しかし、ほろ酔いなのかどうか(すなわち飲酒酩酊の程度)や、裁判例の蓄積がなく刑事実務が固まっていない段階では、被害者側の主張に引っ張られて逮捕・勾留されるリスクがあり、これによる社会的信用の低下や失職リスクなどもあり得ます。不同意性交罪等の構成要件の解釈についての今後の裁判例の蓄積が待たれますが、いずれにしてもアルコールが入った場合の同意については十分な注意が必要になるでしょう。

とはいえ、今回の刑法改正は、明治時代の旧刑法以来続いてきた「強制」の要件が無くなり、「強制」から「不同意」へという、意に沿わない性行為を強いられてきた方々の声を反映したものといえるでしょう。

 

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